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ドキュメント昭和2-上海共同租界

NHK取材班 編  1986年5/5 発行 角川書店
1995年5月『日本の選択2-魔都上海十万の日本人』と改題して、角川にて文庫化。

1986年NHK総合テレビで放送された「NHK特集ドキュメント昭和」にもとづいて、シリーズで9巻刊行された中の一冊。

1840年に勃発したアヘン戦争でイギリスに敗れた清朝中国は、1842年に締結された南京条約によって、香港島の割譲とともに5つの港の開港を余儀なくされた。それにより、1845年、のどかな港町だった上海にイギリス租界が開設された。続いてアメリカ・フランスが参入し、単独のフランス租界とイギリス・アメリカの共同租界が出来上がった。租界とは中国の主権が及ばない外国人居留地のことである。そして上海にやって来た日本人も、この租界で生活していたのである。

大正14年(1925)5/15、日本資本の紡績会社でストライキ中の中国人労働者が警備員に射殺された。これに抗議したデモ隊に、共同租界のイギリス警察が発砲し死者13名を出した。この5.30事件から、昭和7年(1932)の上海事変に至るまでの、上海共同租界における日本人と中国人とのかかわりを描く事によって、時代の一面を語ろうとする。

 『基督教徒の慰め』などを書いたキリスト教徒で、当時上海で書店を営んだ内山完造と、中国を代表する文豪である魯迅の親交や、日中の演劇人らの交流などにも言及されている。「中華電影」が設立されるのは、この後上海における日本軍の支配がより強まってからである。

他の8冊も以下の題名で文庫化された。

『日本の選択1-理念なき外交「パリ講和会議」』
『日本の選択3-フォードの野望を砕いた軍産体制』
『日本の選択4-プロパガンダ映画のたどった道』
『日本の選択5-対日仮想戦略「オレンジ作戦」』
『日本の選択6-金融小国ニッポンの悲劇』
『日本の選択7-「満州国」ラストエンペラー』
『日本の選択8-満州事変 世界の孤児へ』
『日本の選択9-「ヒトラー」に派遣されたスパイ』
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by hitokohon | 2002-09-01 21:10 | 歴史・ノンフィクション

映画監督五十年

内田吐夢 著 1968年10/15 発行 三一書房

古い本なので絶版になっていると思われる。図書館で見つけた一冊。
 『宮本武蔵』や『飢餓海峡』で知られる映画監督、内田吐夢の自伝。

もちろん映画監督としての話が中心だが、興味深いのは満映時代の回想記。終戦時、満映理事長だった甘粕正彦(映画『ラスト・エンペラー』では坂本竜一が演じて話題になった)の服毒自殺の目撃者にもなってしまった事や、その後帰国出来るまでの中国軍での生活なども語られている。国策として映画が利用された事実と、政治的なものを抜きにした中国映画人との交流も描かれている。
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by hitokohon | 2002-09-01 21:03 | 自伝・評伝

何日君再来物語

中薗英助 著 1988年2月 発行 河出書房新社
1993年6月河出文庫版も刊行された。

戦時下の中国を舞台にした小説も書いている著者が、時事通信社『世界週報』1986年4/1~87年1/20 連載していた、ノンフィクション。刊行にあたり改稿加筆。

「何日君再来」(ホーリーチュンツァイライ)という歌を聴いたことがあるだろうか。
もともと中国の歌だったが、1939年、渡辺はま子が「いつの日君来るや」、そして1940年、李香蘭(山口淑子)が「いつの日君また帰る 」のタイトルで歌って、日中戦争下の日本でも大ヒットした。タイトル通り、去っていった恋人の面影を慕いならが帰還を待つ寂しさを歌ったものだ。

私が初めてこの歌を聴いたのは、TVドラマ『さよなら李香蘭』のなかで、李香蘭役の沢口靖子が歌った中国語のものだったが、とても心惹かれる歌だった。初めて聴いた日本語版は、テレサ・テン。そして、日中戦争当時中国にいた著者が四半世紀を経て耳にしたのが、テレサの歌う懐かしい中国語版「何日君再来」だった。それが、この歌をめぐる物語を探る旅の始まりだった。

日中戦争当時、ふたりの中国人女優が歌い、日本人の歌手渡辺はま子と李香蘭が日中両国語で歌い、中国人にも日本人に愛された「何日君再来」。だが、戦争、文革を経て、この歌と歌い手達の運命も移り変わっていった。一曲の歌から、日中戦争と、その後の中国の時代の流れを物語る。
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by hitokohon | 2002-09-01 20:48 | 歴史・ノンフィクション

上海租界映画私史

清水晶 著 1995年11/20 発行  新潮社

著者は辻久一の後輩で、彼の回想記を『中華電影史話』としてまとめている。辻と同じく在学中から月刊誌『映画評論』に執筆し、卒業後の1941年から日本映画雑誌協会に勤務した。翌42年、嘱託として中華電影の仕事に就くため上海に渡り、終戦まで過ごす事となる。これは清水晶が見た「中華電影」の回想記である
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by hitokohon | 2002-09-01 20:43 | 歴史・ノンフィクション

中華電影史話

サブタイトル:一兵卒の日中映画回想記
辻久一 著 / 清水晶 校注   1987年8/5 発行 凱風社

1974年~80年にかけて『映画史研究』に連載された記事をまとめた回想記。
辻久一は、東大在学中から月刊誌『映画評論』の筆を執り、卒業後明治大学文芸科講師を務め、1939年に召集され中国へ出征した。そして上海軍報道部の兵として、43年の除隊後は社員として、「中華電影」に関わった。本書はその回想記である。

ベルトリッチ監督の映画『ラスト・エンペラー』や、安彦良和の漫画『虹色のトロツキー』などで、若い世代にも関心を持たれるようになった、日中戦争と満州国。また、映画化もされた斉藤憐の戯曲『上海バンスキング』にあるように、あの当時ジャズが演奏され、映画や演劇などの華やかな文化の中心でもあり、反面、中国に対する列強諸国の進出を象徴する街でもあった上海。

国策としての映画製作を目的とし、後に甘粕正彦が理事長に就任した「満映」(満州映画協会)ととは別に、軍の要請で設立されながら、親中国派の川喜多長政(東宝東和社長)が日本側の代表を務め、中国民衆の為の映画配給をも目指したのが「中華電影」だった。
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by hitokohon | 2002-09-01 19:10 | 歴史・ノンフィクション

李香蘭 私の半生

山口淑子・藤原作弥 共著 1987年7/20 初版発行 新潮社
90年12月に新潮文庫版も刊行されています。

日中戦争最中の昭和10年代、「李香蘭」という中国名の満映スターであった、山口淑子の自伝。劇団四季のミュージカル『李香蘭』、何年か前フジTV系で放送されたドラマ『さよなら李香蘭』の原作でもある。日中の狭間で苦悩し続けた著者の青春から、若い世代にも、日中戦争とは何だったのか、世の流れの中で自分を見失わずに生きるとはどういうことなのか、を問いかける一冊。

国策として、終戦まで中国人女優「李香蘭」を演じさせられ、中国でも日本でも中国人と信じられていた著者。中国人なのに何故日本人に都合の良いような映画に出演するのか。中国の人々から非難を受け、彼らを騙し続ける事に耐えられず満映を去り、「李香蘭」を捨てる覚悟で上海に赴く。だが遂に望みを果たせぬまま終戦を迎える。

女優「李香蘭」として生きた彼女の苦悩、そして漢奸(中国人でありながら日本に協力した戦犯)容疑で拘束される日々‥‥。政治情勢に翻弄され消息不明となった親友のロシア人リューバとの友情と突然の別れ。図書館で出会い、自分でも本を購入し、読む度に涙してしまった。
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by hitokohon | 2002-09-01 19:07 | 自伝・評伝